猪股聡子道東撮影会はここから始まった

猪股聡子

2019年2月に開催された「kuni OFFICE Step Next協賛企業加盟記念 猪股聡子撮影会」

は2018年9月にkuni OFFICE 高桑代表と猪股聡子さんを一緒に撮影したのがきっかけでした。

高桑さんが猪股聡子さん非売品写真集「Soyeux」発刊を発刊したのもこの撮影がきっかけ。

SoyeuxとはSilkyのフランス語で「なめらかな」という意味。

市販されている写真集の10倍のコストを掛けて作成した非売品写真集です。

札幌市の画廊喫茶チャオさん、ガッチャさんの2店で見ることが出来ますので是非足を運んでください。

猪股聡子さん非売品写真集「Soyeux」発刊にあたりKuni OFFICE 高桑代表よりメッセージがあるので紹介いたします。

以下引用

————-発刊にあたり————–

ニコンFEが写真との出会いでした。そのカメラは中学校一年生のとき自分の家であるスーパーでのアルバイト報酬の代わりに親が買い与えたもの?でした。

今考えるとストラップも少々へたれ、タバコ臭があったので中古品だったんだと思います。

それをケンコーの天体望遠鏡にアダプターをかましてニコンをつけて、白黒の日の丸写真を量産し
ていたのが、一眼レフカメラとの最初の出会いでした。
当時はクレーターがくっきり写った月の写真を撮りたかったのです。
当然、カメラの基本的な使い方も知らずにやっていたので成功せずにオブジェと化しました。
月日は流れ、多感な年頃、カメラ雑誌の「これはすごい!!デジタルカメラ」の特集に釘付けになりました。
リコーのカメラだったと思います。
「これならあんな写真やこんな写真をとっても・・・」がこれが僕の第二次カメラブームでした。
それから、僕の人生もいろいろあり、家族を撮るために買ったCanon EOS Kissデジタルが今につながる第三次カメラブームになっていったのです。
そして長男の1歳の写真を撮りに訪れた某写真スタジオで衝撃が走ったのです。
「なんだ?? これなら俺は余裕で撮れるぞ!!」
家に戻り、間髪入れずに発注したのはCanon EOS 50D+モノブロックストロボでした。
これらがあれば商売だってできる!! しかし…
当然、カメラのマニュアル操作ができない僕は途方にくれる結果になりました・・・・・
自分の考えたイメージが再現できない。身近には人物を撮っている人は居ません。
撮影技術を身に着けるため東京へ出張に行ったり本を読み漁ったり。
そんな中イルコ・アレクサンドロフ氏の写真が目に飛び込んできたのです。
さて、今回の作品集ですが、その光の魔術師・写真家イルコ・アレクサンドロフ氏のセミナーで出会った人の輪がきっかけです。
初めて会って以来、写真技術向上に大きくかかわり、貪欲なまでの向上心をもってともに活動している越善さん、当日のモデルさんのケア、そして、光を使った撮影技術に驚かされた田口さん、
(僕は田口さんのほうが光の魔術師と思った)
札幌圏のさまざまな人の縁あっての、猪股聡子さんとの出会いでした。
猪股さんは、出会った瞬間の笑顔にやられてまして、その場でステップネクストのスポンサーになることを決めたのです。
そして、平成31年2月に野付半島・標津撮影会、7月には釧路撮影会と続き、釧路ではポートレート撮影に真剣に取り組んでいる写友が結集。
さまざまなアイディアとそれぞれ視点で捉えられた「モデル 猪股聡子」の写真。
これは、作品集として残したいと思い標津、釧路に集まってくれた写友に相談。
当社で新規導入したオンデマンドプリンタの性能を試す上でも、その数秒後には編集作業に入りました。
ページ数を100と決め、各カメラマンがそれぞれ20ページとして各位が厳選した
「SATOKO」を掲載しました。
カメラマンによって表現も光の方向も撮り方も違う、猪股さんの表情も違う。
また、紙面にすることによって、次のビジョンも見えてくると思います。
そんな作品表に仕上がったのかにと思います。
 本来、見開等凝ったページも考えましたが、編集技術が未熟なのと時間の都合上見送りました。
また、使用した紙が厚く、開きづらくなったり、編集上の都合により、大きくトリミングせざる得なくなった写真等もありますが、私の最初に手がけた物ということでご勘弁いただきたいと思います。
色の出力方式など、自身も非常に勉強になった今回の作品集作りでした。
タイトルおよびタイトルデザインについては、依頼した瞬間、降りてきたという越善さんに決めていただきました。
最後に、作品集にデータ提供いただきました、4名のフォトグラファー、帯のコピーを考えていただきました田口さん、作業を手伝っていただきました越善さんに感謝いたします。
聡子さん、お誕生日おめでとうございます。
2019年8月
高桑 国博